小栗了の画像 小栗旬の兄

2018年4月29日に放送された「明石家さんまの転職DE天職」では、小栗旬さんの兄である小栗了さんがバラエティに初登場しました!

小栗旬さんのお兄さん小栗了さんは、一体どんな職業から転職して天職を見つけたのでしょうか?

ということで、明石家さんまの転職DE天職に登場した、小栗旬の兄小栗了さんについて書いていきます!

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小栗了さんのプロフィール

俳優の小栗旬さんのお兄さんは、小栗了(おぐり・りょう)さんです。

現在、「NAC」という会社の代表取締役社長をしていらっしゃいます。

1976年生まれの了さんは、1995年に映画監督を目指して渡米しました。

アメリカで映画理論を学び、2001年に役者として活動するために帰国しました。

帰国後は蜷川幸雄さんの舞台や、スティーヴン・セガール主演の映画などに出演を果たします。

俳優業と並行してオペラの制作業務に関わっていましたが、2006年には俳優引退と同時にオペラ制作会社のアートクリエーションに入社します。

2007年には、アートクリエーションからスピンアウトする形で設立されたイベント制作会社「NAC」の取締役に就任し、2015年からは代表取締役社長を務めています。

「NAC」は、企業イベントのプロデュース、舞台制作、劇場管理を主な業務としています。

社長である了さんは、エンタテインメントに長く携わってきた経験を活かし、現在では企業イベントのプロデュースから演出までを手掛けています。

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俳優時代に学んだこと

アメリカの大学では映画学部で、クラスメイトと芝居をする授業もあったのですが、了さんの英語力の問題もあり、もらえる役はいつも端役。

その中で芝居の楽しさを知り「日本語で芝居をしてみたい」という思いが強くなっていった了さんは、帰国後に芸能事務所に所属しようと思いましたが、24歳だったためなかなか見つからなかったのです。

それでもなんとか努力し、蜷川幸雄さん演出の舞台「間違いの喜劇」(ウィリアム・シェイクスピア)に出演することになりました。

その稽古の途中で、主演がインフルエンザにかかり、3日間ほど代役を立てて稽古をすることになった時、その代役として「お前がやってみろ」と指名された了さん。

セリフを覚えていなかった了さんは慌て、結局2日目に稽古場を毎日見学していた若い俳優が「じゃ、変わろうか」と言ってきたのです。

なぜなら、若い俳優は「何があってもいいように」と、主演だけでなく出演者全員のセリフを覚えていたのです。

出られるかどうかもわからない状況の中で、準備を怠らない若い俳優の姿勢に、了さんは完全に「負けた」と思い、自分の甘さと努力不足を突きつけられた瞬間でした。

チャンスを掴むための準備や努力をつねにしておくことの大切さを、俳優時代に学び、その時の悔しさが今も了さんの原動力になっているのです。

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小栗旬の兄 小栗了 明石家さんまの転職DE天職 4/29

超人気俳優、小栗旬さんの兄、小栗了さん。

実は、俳優から(???)の社長に転職されました。

小栗旬さんの6歳年上の了さんは、高校を卒業後、映画監督を目指してアメリカの大学へ行きました。

映画学部で、演出や演技の勉強をしていた頃、日本では、弟の旬さんが俳優としてブレイクしていました。

すると、兄の了さんは、すぐに帰国し、「弟にできるなら。。。」と自分も俳優業をスタートさせました。

火曜サスペンス劇場に出演したり、スティーブン・セガールさん出演の映画にも出演しました。

蜷川幸雄さん演出の舞台では、弟と共演も果たしました。

順風満帆な俳優人生、と思われた矢先、兄了さんは30歳で突然引退。

そんな小栗旬さんの兄、小栗了さんの転職とは?

小栗了さんのオフィスへおじゃまします

現在了さんは、都内におしゃれなオフィスを構えています。

41歳、弟に負けず劣らずのイケメンです。

弟さんに似ているとはあまり言われないそうです。

徹夜で仕事をすることが多い職業のようです。

「30歳という歳で俳優をやめているんですけど、年齢も年齢でいい区切りになるかな、と思って役者をやめることにしました。父がずっとオペラの仕事をしていたので。」

と、舞台監督の父の影響で、今の仕事を始めたんだそうです。

そして、父以外にも大きな影響をもたらす人物がいたといいます。

「大阪でお食事させていただく機会がありまして、その時に言われたひとことっていうのが、すごく影響を僕に与えてくれたと思っています。」

今から14年前、弟の旬さんがその有名人と食事をしているところに、兄了さんが呼ばれたといいます。

転職に大きな影響を与えた、ある有名人とは?

「さんまさんです。

テレビで見るように、ずっとしゃべってて、この人はいつも全力なんだなと思って、とっても面白かったんです。

さんまさんとご飯を食べてるっていうこと自体で、うちの弟スゲーなっていう思いが一番感じましたね。」

悔しさよりも、弟の成長が何よりもうれしかったという了さん。

「僕も旬のように、さんまさんと共演したいので、もっともっと頑張ります!」

と了さんが言うと、さんまさんは、この一言、

「頑張らんでええねん。

夢に向かって好きなことやっとったらええ。

夢は裏切らへんで。」

これを聞いた了さん、

「輝いてる方たちを、後ろからバックアップできるようなこともしたいなと思いました。」

さんまさんの言葉で、俳優から転職、果たして、元俳優、小栗了さんのお仕事とは?

「僕の仕事は、イベント会社の社長をしています。」

この日は、光をテーマにした、千葉ロッテマリーンズの開幕戦のセレモニーを演出していました。

「さんまさんとか、旬みたいに輝いている人たちを、最大限魅力的に見せるような空気感を大切にしたいと思って仕事をしています。」

2007年、イベント制作会社NACを設立された了さん。

代表的な仕事は、世界的なサーカス集団、シルク・ドゥ・ソレイユ日本常設劇場の立ち上げです。

イベントプロデューサー了さんの、現在の年収は?

「俳優でせいぜい年収で100万いくかいかないかぐらいなので、だいたい10倍くらい今はもらっています。」

弟とはとっても仲良しで、今でも週1のペースで会っているんだそうです。

「小栗旬の兄ということで、仕事を振ってくださる方もいるのは本当に事実なので。」

スタッフが、小栗旬さんの兄という肩書を利用している?と聞くと、

「いや、そんなことはないです。」と了さん。

といいつつ、今回手掛けた、開幕戦セレモニーの発表会見では、ちゃっかり弟さんの写真を持っていました(笑)

これからも、頑張っていただきたいですね!